ただの日記とおかんメシ

日常の出来事、料理の記録、思いついたこと

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狭心症で心臓カテーテルしてきた。

5月24日土曜、子供達の運動会前夜、なんか苦しい。

全速力で走った後のような息苦しさと背中に抜ける胸の痛み。

動悸は特に感じない。

もしかして心臓?ヤバい?でも救急車を呼ぶほどのことはない気もする。

風呂の支度して子供達だけで入らせ、自分は安静にしておくことに。

2時間ほどで楽になった。明日は運動会、休むわけにはいかない。

翌朝、軽く息苦しさを覚えたがすぐ楽になり問題なく過ごせた。

翌月曜はなにもなく、火曜の朝、再度痛みと苦しさを感じた。

近所に循環器内科のクリニックがあったので行ってみると

心電図を見る限り狭心症で、発作の頻度が多いなら危険だからすぐに

紹介状を書いてくれて精密検査を受けるように言われた。

その足で向かおうと思ったが自分で運転するのは危険かもしれない。

タクシーを頼んだ。

 

新しく出来た大きな心臓病センター。

受付を済ませて状態を話すと車いすに乗せられあちこち検査。

すぐに結果が出てそのまま入院、カテーテルで処置しないとキケンな状態だと。

99%詰まったほぼ心筋梗塞を起こしていたらしい。

その場で家族に連絡し、子供達を学校から早退させ、ばあちゃんちに預け

付き添いの夫が来てすぐにカテーテル治療が始まった。

心臓ヤバいとは思ったけどもここまでの状態に自分でもびっくりだし

なんかえらいことになってるわー。

生きて帰れるのかしらー。

 

造影剤を使うため、蕁麻疹もちの私は念のためアレルギー対策の注射を打ってもらい

意識のあるまま局所麻酔で始まった。

痛い。手首からカテーテル通すのが結構痛い。

最初に麻酔を多く打つと血管に入りにくいとかで様子を見ながら麻酔を足していた。

ポララミン注射で眠いのとなんだか意識がもうろうとしていたが

苦しいだのイタイだのわーわー騒ぎながら

だんだん足をじっとしていることに耐えられなくなり

もぞもぞし始めた、危ないからじっとしてろと叱られた。(当たり前)

後から大部屋で他の人に聞いたところによると

顔に何かかぶせ物があって本人から見えないようになっていたそうだが

私の時は全て丸見えでモニターも自分で見ていた。

途中、先生方がなにやら相談しているらしいのがわかったが

意識がはっきりしていないため、内容はわからない。

「もう少しですから我慢してくださいね!」

うっへー!くるじぃー!!

カテーテルの先っちょが心臓で何かしているのがはっきりわかる。

「はい、お終い」手首からカテーテルが抜かれる。

これがまたいってぇ!見てみると思っていたよりゴツイ管が出てきた。

ストローくらいのが肘まで入っていた。

他の人はこんなに痛くはなかったと言っていたので

腕と血管が普通より私は細いため、こんなに痛かったのかもしれない。

終わった後もずいぶん痛みが続いていた。内出血も広範囲。

後の検査でカテーテルを通した血管がダメになっていたことがわかった。

時計を見れば1時間くらいだったがとてつもなく長く感じた。

全身麻酔で意識ないままやってほしかったがそれは出来ないらしい。

 

終わった後、胸の痛みはすっきりしていた。

主治医からの説明によると、

動脈硬化はほとんどなく、血管の内壁が乖離し詰まっていたそうだ。

完全に詰まると心筋梗塞だそうで、ぎりぎり僅かに通っていたそう。

場所が心臓の端っこだったから痛みや苦しさもさほど大きくなかったらしい。

狭窄部分が7cmと長かったため、ステント(金属製の筒)を入れずに

バルーン(風船)で狭窄を広げただけだそうだ。

非常にまれなケースだと言われた。

まだ40代なのでステントを入れ一生薬を飲み続けるリスクを考えると

このまま様子を見た方がよいと判断された。

ただ、再狭窄の可能性もあるのでしばらく入院して

再度カテーテルを入れ検査する。

あの痛いカテーテル・・もう少し細いのないですか?

と先生に聞いて、次は細いのにしましょうねと。あるのか!

(後で聞いたところ、検査用と処置用の太さの違いでした。)

 そしてICUに入院となった。

その後もよくわからない全身の痛みにひーひー言うことに

なったのですが、話が長くなるので別記事にしたいと思います。

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